1608年〜1672年
徳川家康と小杉御殿
東海道が整う前、江戸と相模を結ぶ幹線は中原街道でした。その道沿いに、将軍が休むための御殿が置かれていました。
慶長13年(1608年)、中原街道沿いに「小杉御殿」が造営されました。広さは約12,000坪(およそ4万平方メートル)。将軍が鷹狩りや上洛の途中に立ち寄る、休憩と宿泊のための施設です。徳川家康もここを利用したと伝えられています。
御殿は寛永17年(1640年)に建て直されたのち、寛文12年(1672年)にすべて撤収されました。建物は残っていませんが、「小杉御殿町」という町名が今もその場所を伝えています。
御殿の近くで中原街道が直角に折れ曲がっているのは、敵がまっすぐ攻め込めないようにするための防御の工夫で、「カギの道」と呼ばれます。多摩川や周辺の寺も、同じく御殿を守る役割を担っていたと考えられています。
今も見られるもの 「カギの道」の直角のクランクは、今も小杉御殿町の道路にそのまま残っています。